
「県と市町村のみで対応できる範囲を超えている」異例の要請へ
2025年10月26日、秋田県の鈴木健太知事は県内で相次ぐクマの人身被害を受け、防衛省に自衛隊派遣の検討を要望する考えを明らかにした。自身のインスタグラムで「状況はもはや県と市町村のみで対応できる範囲を超えており、現場の疲弊も限界を迎えつつある」と強調し、近く防衛省を訪問する方向で調整しているという。
秋田県の熊被害の深刻さ
2025年度の被害状況
秋田県におけるクマ被害は全国で最も深刻な状況となっている。
| 項目 | 秋田県 | 全国 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2025年死者数 | データ収集中 | 9名(10月時点) | 統計開始以来最悪レベル |
| 2025年被害者数 | データ収集中 | 108名(9月末時点) | 異常なハイペース |
| 2024年の被害 | 2,183頭捕殺 | – | 推定生息数4,400頭の約半数 |
| 2023年の人身被害 | 62件・70名 | 198件・219名 | 全国の約32%を占める |
2024年度、秋田県では2,183頭が捕殺されており、秋田県に生息するツキノワグマの推定4,400頭のほぼ半分の数に達している。
日常化する熊出没
今年度のツキノワグマによる人身被害は、11月2日現在で64人に達し、すでに昨年の10倍以上となっている(2023年データ)。
10月26日の被害例:
- 午前8時45分ごろ、鹿角市八幡平字諸田の民家敷地内で、住人の80代女性がクマに襲われて負傷した
- 午前6時15分ごろ、秋田市中心部の千秋公園内に体長約1メートルのクマ1頭がいるのを警戒中の署員が目撃
自衛隊派遣要請の背景と課題
法的な壁
鈴木知事はクマの駆除のために自衛隊を出動させることを明確に想定した法令は存在しないとの見解を示した上で「通常の災害派遣のように簡単にはいかない」とも記した。
自衛隊派遣の法的課題:
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 法的根拠 | クマ駆除を想定した法令が存在しない |
| 災害派遣との違い | 通常の災害派遣要請では対応できない |
| 発砲権限 | 自衛隊の武器使用権限に関する法整備が必要 |
| 責任所在 | 事故発生時の責任の所在が不明確 |
現場の疲弊
秋田県では以下のような深刻な課題を抱えている:
対応体制の限界:
- 猟友会メンバーの高齢化と減少
- 市街地での発砲許可の難しさ
- 連日の出動による精神的・肉体的疲労
- 駆除に対する外部からの批判
前秋田県知事の佐竹敬久氏は「自宅の目の前でも1人やられた。両目をやられて……むごいもんだよ」と地域住民としての本音を語っている。
鈴木健太知事のプロフィール
秋田県の鈴木健太知事は元自衛官という経歴を持つ。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 生年月日 | 1975年8月24日(49歳) |
| 出身地 | 大阪府生まれ、兵庫県神戸市育ち |
| 学歴 | 京都大学法学部卒業(2000年) |
| 経歴 | 陸上自衛隊入隊(2000年) 第16普通科連隊勤務 東ティモール・イラクでPKO活動 2006年に退職 秋田県議会議員(3期) 秋田県知事(2025年4月就任) |
鈴木氏は陸上自衛隊幹部候補生学校を経て第16普通科連隊に赴任した後、国連平和維持活動として東ティモールやイラク復興支援活動にも派遣された経験を持つ。自衛隊での経験が今回の自衛隊派遣要請につながった可能性がある。
専門家の見解と代替案
猟友会の限界
専門家からは猟友会への依存体制に対する批判が上がっている。
猟友会の現状:
- あくまで趣味の団体であり、プロフェッショナルな組織ではない
- 高齢化が進み、担い手不足が深刻
- 報酬が低く、モチベーション維持が困難
提案される対策
短期的対策:
| 対策 | 内容 |
|---|---|
| ハンター報酬の大幅引き上げ | 現状の10倍程度に引き上げてモチベーション向上 |
| 緊急銃猟制度の拡充 | 市町村長の判断で発砲できる制度の実効性向上 |
| 専門部隊の創設 | 警察や自衛隊内にクマ専門の特殊部隊を設置 |
中長期的対策:
- 放置果樹の除去(柿、栗など)
- 生ごみ管理の徹底
- 里山の適切な管理
- クマの生息域管理計画の見直し
クマ被害増加の背景
人口減少と里山の原生林化
メガソーラーが原因と言われることがあるが、実際は人口減少で人が住むところがどんどん山から遠ざかり、里山が原生林化している。森が豊かになって増えたクマが人間の生活の場に近づいているという指摘がある。
クマ出没増加の要因:
| 要因 | 説明 |
|---|---|
| 里山の放棄 | 人口減少により里山の管理が行き届かない |
| 森林の豊饒化 | 原生林化により餌が豊富になり個体数増加 |
| 学習個体の出現 | 人間の食べ物の味を覚えたクマの増加 |
| 気候変動 | ブナの凶作など自然環境の変化 |
今後の展望と課題
緊急性の高まり
2025年の状況は「例年並み」ではなく、歴史上最も危険なレベルに達している。専門家は「自分だけは大丈夫」「この地域はまだ出ていない」という油断が命取りになると警告している。
政治的決断の必要性
自衛隊派遣には以下のような政治的ハードルがある:
政治的課題:
- 法整備に時間がかかる
- 事故発生時の責任問題
- 野党の支持母体への配慮
- 自衛隊の武器使用に対する国民の理解
全国への波及可能性
専門家は「いずれは遠からず首都圏でも出るようになる。もはや地方だけの問題じゃない」と指摘している。
クマ出没時の対策情報
秋田県では以下の対策を推奨している:
個人でできる対策:
- 鈴やラジオなど音の出るものを携行
- 早朝・夕方の外出を控える
- 生ごみや果樹を放置しない
- クマダス(出没情報マップ)の確認
地域でできる対策:
- 放置果樹の除去
- 藪の刈り払い
- 街灯の設置
- 集落ぐるみの見回り活動
秋田県の熊被害は、地方の野生動物管理の限界を示す象徴的な事例となっている。鈴木知事による自衛隊派遣要請が実現するかは不透明だが、この問題は全国的な課題として法整備や予算措置を含む抜本的な対策が求められている。

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